一昨日から続く深夜の打ち合わせやトレーニングのため、体内時計がずれはじめているように感じる。遅く寝たのなら遅く起きて、睡眠時間を確保できていたらいいというわけではないというのはなぜだろうか。時間に追われるわけではなくても、起きるのが遅かった日は爽快感のようなものを感じることが難しいように思う。これは単に、天気が悪い日は早めに起きようという気にならない、つまりは遅めに起きる日は寝覚めの悪い日であるということなのだろうか。

皮膚の下に籠る熱気のようなものが身体を重く包んでいるようにも感じるけれども、こういう日はこういう日なりに感じることがあるのだと思う。今日も、薄曇りの中でも鳥のさえずりは聞こえるし、吹く風は強いけれど昨日よりも暖かい。階下に住むオーナーのヤンさんは今日も口笛を吹いている。

書斎の窓から中庭を眺めていると、私は本当に世界について何も知らないのだと思いはじめる。この強い風はどこから吹いてくるのか、鳥たちはどこで寝ているのか、雨の日に猫たちはどこにいるのか。木々についた蕾は何をきっかけに開き始めるのか。この街で、人々は何を喜びとして暮らし、どんな景色を見ているのか。今日も私は、何かを知った気になり、そしてそれは、自分自身のかけている眼鏡の曇りにすぎなかったことに気づくのだろう。

薄緑の丸いおなかをして尾羽には薄い水色が混じった小さな鳥が隣の中庭の木の枝先をついばんでいる。風に枝先がたわんでも悠々と、くるっと回転して枝先にぶらさがるような体勢を繰り返しとりながら少しずつ枝先を移動していっている。気づくとたくさんのかもめたちが風に遊び、そして通り過ぎていった。
2019.03.15 10:56 Den Haag